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【徹底解説】お清めの塩|撒く手順、撒く意味、撒き忘れてしまったら

お通夜や葬儀の会葬礼状などについている小袋入りの塩はどうすればよいのでしょう。わからずそのまま捨てる人もいるでしょう。この記事では、お通夜や葬儀で塩をどのように使うのか、塩の役割や意味などについて解説しています。お通夜や葬儀の際には参考にしてみてください。

公開日 : 2021/3/20

更新日 : 2021/3/20

目次

お通夜で塩をふる理由

お通夜に出席したとき、小さな袋に入った塩をもらうことがあります。玄関前で自分の体に塩をふって家の中に入る人も多いでしょう。塩を体にふるのはなぜなのでしょうか。また、塩を体にふるのは正しいマナーなのでしょうか。

けがれを清める

その昔、塩は海水を煮詰めて製造していました。塩は火と水の力で作られていたのです。火にも水にも浄化作用があり、その結晶である塩は穢れを祓う力があるとされてきました。

身を清め、邪気を祓う

塩には体から不浄なものを追い祓う力があると信じられてきました。間違えやすいのですが、塩を振るのは故人をけがれたもの、忌まわしいものとして邪気を祓うためではありません。神道の考え方では、けがれているのは故人ではなく、死を招いた邪気なのです。

 

家の中に邪気が入ってこないよう、玄関先で塩を体にふり、身を清めてから家に入ります。常識とされていた身を清める行為ですが、仏教では死をけがれとしないため、お通夜、葬儀ともに塩はいらないとする気運が高まりつつあります。

イザナギノミコトの神話

お清めは元来、海に身を沈めて行われていました。神話には、イザナギノミコトが黄泉の国で変わり果てた妻を見て慌てて逃げ帰ったあと、海に身を沈めて清める禊祓い(みそぎはらい)」をしたと記されています。

死をけがれとする神道

神道では死をけがれとしており、葬儀に関わった者はけがれたものとみなされます。清めなければ日常生活が送れなくなるといわれるまで、死のけがれは忌み嫌われていました。

 

けがれとは「気が枯れる」という意味で、もっとも気が枯れた状態が死だといいます。けがれは生きている者にも伝染してしまう、とても恐ろしいものだったのです。

 

海水から作った粗塩を身にふり、体を浄化してけがれを祓い身を清める慣習が残っているのです。イザナギノミコトの神話のように、海に入って身を清めることは現代ではなかなか実行できることではないからでしょう。

通夜ぶるまいもお清めの意味

お通夜の後に催される通夜振る舞いにも浄化の意味があります。そこで供されるお酒は清らかなものとされているからです。酒は神様が作ったといわれ、けがれを祓う神聖な力を持つとされています。酒の醸造は神事として行われていたほどで、神と酒は深いつながりがあるのです。

塩の撒き方

お通夜から帰ってきて家に入る前に、塩で自分自身を清めます。塩が入った小袋は会葬礼状などに挟まれています。正しいお清めの手順や、お清めを忘れて家に入ってしまったらどのようにすればいいのでしょうか。

塩を使うタイミング

お通夜から帰宅して、玄関をまたぐ前に使うのが一般的です。家の中にけがれを持ち込まないよう、家に入る一歩手前でけがれを祓います。お通夜で小さな袋入りの塩をもらえなかった、玄関に塩を用意しておくのをうっかり忘れた、ということもあるでしょう。

 

家族に頼んで玄関まで持ってきてもらってもいいですし、単身者であればコンビニで塩を買ってから家に帰るなどの対処法があります。

お清めの手順

けがれを祓うものなので、邪悪なものは家に入らせないという気持ちで心を鎮めて行います。まず、一つまみ塩をとり、上半身から背中、背中から足元の順に振っていきます。洋服についた塩は手で払い、さらに足元の塩を踏んで玄関に入ります。

 

規模の大きいお通夜だと、出口に塩が撒いてあることがあります。その時は撒いてある塩を足で踏んで、会場を出るようにしましょう。

運転前にも清めるべきか

一般的に、車に乗る前には塩で自分を清めることはしません。塩をふって身を清めるのは玄関に入る前です。ただし、車に乗る前に塩を振る習慣の地域もあるので、調べておいたほうがよいでしょう。気になるようでしたら、運転の前に塩をふっても構いません。

塩で清めるのを忘れてしまったら

塩で清めずに玄関をまたいで家の中にうっかり入ってしまったときは、もう一度玄関から出て、塩をふるところからやり直せばよいとされています。

 

清めないと不幸が起こるとか、自分も連れていかれるとか様々な説がありますが、あくまで迷信なので気にしないようにしてください。

身内が亡くなったのなら

亡くなったのがごく近しい人、例えば家族や近い親せきであれば、塩でのお清めはしないままで構わないとされています。近親者の弔事に出席した場合は参列者は清めの塩を使うのですが、家族や親せきの場合は死をけがれと考えずに、受け止めるのがよいとされているためです。

塩をふる意味合い

塩をふるのは、けがれを祓い清めるためだとされています。もともとは神道の葬儀で行われ、死というけがれを塩を使って祓い清めていました。塩で清める習慣が仏教にも浸透し、塩でのお清めが仏教でも行われるようになりました。

仏式では塩はいらない

お通夜や葬儀の帰りに塩をふるのは常識とされてきましたが、仏教では塩をふらないのが本式です。先ほどもふれましたが、神道の慣習が仏教に混ざり、清めの塩をまくようになったと言われています。

 

最近では少し事情が変わってきており、仏式のお通夜や葬儀では塩は必要ないとされています。小袋入りの塩を配らないことも増えているようです。

細菌の繁殖を抑える

昔は遺体の腐敗を防ぐため塩が利用されました。現代のようにドライアイスなどがなかったため、塩をふり、塩の殺菌作用で細菌の増殖を抑えていたのです。

 

塩をふることによって水分が抜けて、細菌自体の水分も抜けて生育できなくなります。細菌の繁殖が抑えられ、遺体の腐敗を防いでいたのです。

 

腐敗防止のために遺体に塩をふることが、遺体を取り巻くけがれを祓っているとみなされ、浄化の意味を持つようになりました。

けがれを祓う

神道でのけがれという考え方は、故人がけがれているのではなく、故人を死に至らしめたものがけがれである、という考え方をするようです。故人を不浄なものとするのではなく、死を招いたけがれを祓うために塩で身を清めるのです

仏教での死のとらえかた

神道では血や死をけがれとしますが、仏教では血も死もけがれだとはみなさないので、けがれを祓うための塩は必要ないとされています。

 

仏教では死はけがれではなく輪廻転生としてとらえています。あの世に行った魂が再びこの世に生まれ変わってくるというプロセスの一部だとしています。

 

仏教のお通夜や葬儀では、塩で清めなくてよいとされています。中でも浄土真宗は、人は亡くなったらすぐに仏となるという「往生即成仏」の考え方をしており、塩は使わなくなりました。浄土真宗を中心とした宗派で「清めの塩」は廃止しようという動きが盛んになっています。

清めの塩

清めの塩には主に粗塩が使われています。塩にはけがれを取り払い、清める力があるとされてきました。海水を何度も煮詰めて作る粗塩は、海の力が宿っており、けがれを祓う神聖な力があるとされています。

 

飲食店の出入り口に三角錐の盛り塩がしてあるのを見たことがあるでしょう。あの盛り塩も店に入ろうとする邪気を取り祓うために置かれています。

 

力士が撒く塩

 

大相撲を見ていると、力士が大量に塩をまくシーンを何度も目にします。かつての水戸泉が豪快に塩をまく姿は壮観でした。外国人からは「ソルトシェイカー」と呼ばれ、人気を博しました。相撲で塩をまくのはなぜなのでしょう。

 

旧き時代から行われていた神社の祭の一部だった相撲は、どちらが勝つかによって豊作か凶作か、作物の出来を左右する占いだったのです。神聖な占いの場がけがれていてはいけないという理由で、取り組みの前に塩をまいて場を清めていたのが始まりだと言われています。

 

現代の大相撲では、塩は場所によって使い分けられています。初場所(1月)、夏場所(5月)、秋場所(9月)では「伯方の塩」を、春場所(3月)、名古屋場所(7月)、九州場所(11月)では「瀬戸のほんじお」が使用されています。

伯方の塩

伯方の塩を製造しているのは、「伯方塩業株式会社」というところです。メキシコまたはオーストラリア原産の天日海塩を日本の海水で溶かし、ろ過して不要なものを取り除いた海水を使い、伯方島、明浜町、大三島の工場で作られています。

 

天日海塩とは太陽と風だけで海水を結晶させる製法です。湿気の多い日本では天日海塩づくりは容易ではなく、伯方塩業ではメキシコやオーストラリアの天日海塩を使っています。

瀬戸のほんじお

「瀬戸のほんじお」は味の素株式会社が製造している100%国産の粗塩です。海外産のものは一切使わず、岡山の瀬戸内海の海水だけで、岡山の工場で作られています。

 

かの「忠臣蔵」は岡山県と兵庫県の境目にある赤穂の浅野家と、愛知県三河の吉良家の間に起こった事件ですが、塩をめぐっての激しい争いが根底にあるとする説もあります。

粗塩の作り方

粗塩は、根気のいるさまざまな工程を経て作られています。塩はいかに手間暇がかかるかお分かりいただけるでしょう。粗塩を家庭で作り、使っている人もいるようです。

 

粗塩の作り方は、鍋に海水を入れて火にかけ、鍋の中が半分くらいになったら海水を継ぎ足し、煮詰めてはつぎ足す、という工程を、何回も何回も、用意した海水がなくなるまで延々と繰り返します。粗塩を作るには大量の火と水が必要です。

 

最後の海水を継ぎ足して半分ぐらいに煮詰まったら濾して、残った液体を煮詰めたものを濾し、さらに煮詰めて濾し、残ったものが塩になります。この後乾煎りして水分を飛ばしたら、ようやく完成です。

簡単な粗塩の作り方

本格的な粗塩を作るには手間も時間もかかります。もっと簡単に作る方法があるのでご紹介します。粗塩をじっくりとフライパンで乾煎りして水分を飛ばし、白い紙や白いお皿の上で粗熱を取り、触れられる程度に冷まして完成です。

食塩で代用

清めの塩は食塩では代用できないのが定説になっています。精製された食塩には、海水に含まれたミネラルがほとんど残っていません。固まるのを防ぐため炭酸マグネシウムなどが加えられており、清めの塩には向いていないのです。気にならないようなら、食塩を使っても構わないようです。

お通夜や葬儀だけではない

塩はお通夜や葬儀など弔事に使うだけではありません。誰もが知っているのは相撲の土俵入りですが、その他にも塩の浄化作用を使う場面があります。どんな時に塩を使うのでしょうか。

土俵入り

かつての神聖な占いの場のけがれを清めるため、と先ほどご紹介しましたが、現代にも受け継がれている塩の役割はそれだけではないようです。取組みのときにケガをしないように神に祈り、もしケガをしてしまったら、塩の殺菌作用で消毒ができるという役割もあるようです。

地鎮祭

地鎮祭とは、家屋やビルの建築、土木工事を行うときに土地の守護神を祀り、土地を使うことをお許しいただくよう祈る儀式です。地鎮祭には塩だけではなく、米と酒も使います。

 

土地を長方形で囲んだ四隅に東、南、西、北の順番に撒いていき、最後に土地の中心に撒きます。最初は米、次は塩、最後に酒の順番に撒いていきます。これから行う工事に事故がないよう、また、家屋の場合は家の繁栄も祈願します。

解体清祓い

家屋におわす守り神に、工事して解体する報告と、これまで大きな災難もなくおだやかに暮らし、平安に過ごさせていただいたことに感謝を捧げます。同時に家の解体工事が何事もなく終わるよう、守り神に酒、塩、米などのお供物を捧げる儀式を「解体清祓い」といいます。

井戸埋め

家屋を解体するときだけではなく、井戸を閉めるときにも塩が使われます。井戸は人間の体を維持するために必要不可欠な水をたたえています。水の神、井戸の神がおわす場所として、井戸は大切にされてきました。

 

井戸を埋める場合は、これまで清らかな水を恵んでくださったお礼をし、丁重にお祀りします。神事が終わったら、家族のよって米、塩、酒を井戸の周りに撒いてお清めをします。

木の伐採前の儀式

庭木を切るとき、木霊(こだま)と呼ばれる木に宿る神や精霊にその報告をし、お祓いを行います。木の幹に酒をかけ、木を囲んだ四角形の頂点それぞれに塩をまきます。

 

こちらの都合で木を切ってしまうことをお詫びするとともに、これまで家を守ってくださったお礼をする儀式です。

持ち塩

「持ち塩」は、塩をお守りのように持ち歩いて外出先での無事を願うものです。災難に遭わないよう塩に守ってもらえます。

 

ネットでも取り扱っているので簡単に手に入ります。なかには白い紙に包まれた塩と、持ち歩く袋がセットになっているものもあります。

変わりつつあるお通夜の塩

この記事ではお通夜と塩についてお伝えしました。お通夜や葬儀でもらった塩をどう使うのかおわかりいただけたでしょう。

 

昨今、仏教では塩は必要ないという考え方が徐々に浸透してきています。会葬礼状などに小袋入りの塩をつけることも少なくなってきているようです。様々なとらえ方があるようですが、あまり固く考えず、自分の気持ちを優先してもよいでしょう。