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お百度参りで満願成就|お百度参りの由来や作法、注意点をご紹介

神様に願掛けをする方法として有名な「お百度参り」。名前の通り神社に100回お参りをすることですが、なぜ願いが叶うと言われているのでしょうか。今回の記事ではお百度参りの意味や由来、また、お百度参りをする際の方法や、やってはいけない行為についてもご紹介します。

公開日 : 2021/2/27

更新日 : 2021/2/27

目次

お百度参りとは

お百度参りとは、名前の通り神社仏閣に100回お参りをすることをいいます。100回という回数を重ねて神仏に祈りを捧げることで、本願成就に結びつくといわれています。

 

お百度参りは大きく分けて2通りあり、100日間かけて100回お参りをする「百日詣」とも呼ばれるものと、1日に100回お参りをするものがあります。

お百度参りの歴史

お百度参りの歴史は古く、平安時代からこのような風習はあったと考えられています。史実に登場したのは鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」で、文治5年(1189年)8月10日、奥州追討の祈祷のために、御台所御所中の女房数輩に鶴ヶ岡にお百度参りをさせたと記されています。

なぜ願いが叶うと言われているのか?

お百度参りを行うことで願いが叶うといわれている理由はいくつかあります。

 

  1. 神仏と顔なじみになり、信仰心の厚さと願い事の切実さを示すことで、願いが叶いやすくなるため
  2. 参拝を重ねることでお参りが洗練され、雑念なく真摯な心を持って神仏に祈れるようになるため
  3. 何度もおなじことを願い続けることで、自分の心と向き合う修行になるため
  4. ものごとがうまくいかない「陰」の状態を、神仏の力を借りて「陽」の状態に変化させていくことができるため

 

実際にお百度参りを体験した人からは、「心地よい風が吹いているような感覚がした」、「すがすがしい気持ちになった」という感想が聞かれます。そのような快い感覚は、神仏のご加護かもしれませんし、自分自身の心の成長がもたらしたものなのかもしれません。

 

どちらにせよ、真摯に祈りを捧げることで雑念をはらい、心を研ぎ澄ませるためにお百度参りは有効な手段となりえます。

お百度参りの方法と注意点

お百度参りは一般的なお参りよりも思いを強く込めるもので、作法もそれだけ多く存在します。お百度参りの方法と注意点を押さえ、正しくお百度参りができるようにしましょう。

お参りする寺社を決める

まずはお百度参りを行う寺社を決めます。一般的には、氏神様が祀られている神社を選ぶと良いでしょう。氏神様は日本において、同じ地域に住む人が共同で祀る神のことです。地域の秋祭りを中心的に行う神社や、地域で一番大きな神社が該当することがほとんどです。

 

特に生まれた頃から同じ土地に住んでいる人にとっては、お宮参りや七五三など、子供の頃から神社に参拝しているため氏神様とのつながりも深いといえます。お百度参りをするのに最もふさわしい場所といえるでしょう。

 

氏神様のいる神社が分からない、生まれた土地を離れているという場合は、お百度参りで有名な寺社や、近所の寺社などに行くと良いでしょう。

お百度参りをすることを神仏に報告する

お参りする寺社を決めたら、お百度参りの前に寺社に出向き、「これから100日間(100回)祈願に参ります」と挨拶をします。

 

なお、お百度参りだからといって「100」の数字にこだわる必要はありません。自分の年齢や思い入れのある数字など、お参りをする回数は自由に決めて構いません。ただし、神仏の前で宣言をしたのであれば、必ずその回数だけお参りに行くようにしましょう。

お参りの回数

神仏に挨拶ができたら、いよいよお参りを始めます。この際気をつけたい点が、お参りした回数を数えることです。熱心にお参りを重ねているうちに、何度お参りしたのか分からなくなってしまうこともあります。

 

神社によっては鳥居付近に「お百度石」が置いてあります。これは石にそろばんのような玉が供えられており、玉を移動させることでお参りの数をカウントするものです。一日に100回お参りする「お百度参り」を行う際には特に役立ちますので、お借りすると良いでしょう。

 

また、こよりや小石、竹串などをお参りする数だけ準備し、お参りをするたびに寺社に置いておくという方法もありますが、風で飛ばされたり他の参拝者の邪魔になったりすることがあります。

 

最も良い方法は、お参りする数だけ小銭を準備し、専用の財布や袋に入れて持って行くことです。お参りのたびにお賽銭として小銭を納め、小銭がなくなったらお参り完了ということが分かります。

お百度参りをする際の服装

お百度参りをする際には、神様に尊敬の念を示すために「白装束」に「裸足」で行うのがふさわしいといわれています。とはいえ、そのような恰好をしてお参りに行くと、周りの人を驚かせてしまいます。また、地面に落ちている石やガラスを踏んでケガをしてしまう恐れがあります。

 

無理にお百度参り用の服装を準備する必要はありません。普通の服装で大丈夫です。ただし、不潔だったりだらしなかったりするのは神仏に対して失礼に当たります。身だしなみはきちんと整えておきましょう。

成就後はお礼参りをする

人に助けてもらったり、何かをもらったら感謝の気持ちを伝えるように、お百度参りで願いが叶ったら、必ず神仏に報告と感謝の気持ちを込めて「お礼参り」をしましょう。

 

賽銭を奉納して神社の場合は二礼二拍手一礼をします。二拍手をしたあとに手を合わせてお礼の言葉を述べます。お寺の場合は合掌しながら一礼し、お礼の言葉を述べます。その後、再度一礼します。

 

お礼参りのタイミングは満願成就のすぐ後が望ましいですが、例えば自身や家族が入院しており平癒祈願としてお百度参りをしていた、などという場合は、退院の手続きや体調の問題ですぐにお参りができないかもしれません。その際は落ち着いてからで大丈夫です。

これはNG?お百度参りの作法

お百度参りでは無作法に当たるとされる行為も多々あります。それらが本当にNG行動なのか、理由も併せてご紹介します。

夜にお参りに行く

仕事をしていると夜にしかお百度参りができない、ということもあるかもしれません。しかし、特に神社においては夜にお百度参りをしてはいけないとされることもあります。その理由としては、信仰上のものと実際的なものがあります。

 

信仰上の理由としては、「神社には夜、神様はいない」という考え方があることが挙げられます。神社の神様は夕方のお経と共に天界に行ってお休みし、朝のお経と共に神社に戻ってくるとされています。もしくは神社にはいるけれども、語らいやお休みの時間を過ごしているため、お参りで邪魔をしてはいけないとも言われています。

 

実際的な理由としては、夜は神社の立ち入りができないところがあるということが挙げられます。また、もし入れたとしても灯りが充分でないところもあり危険です。お寺に関しても同じ理由から、夜のお参りは避けた方が良いでしょう。

 

お百度参りにふさわしい時間は朝です。朝日と清々しい空気の中で雑念をはらい、真摯な気持ちで神仏に願いを捧げることで、気持ち良く一日を始めることができます。

お参り中に人と話す/お百度参りをしていることを人に話す

お百度参り中に人と話すと願いが叶わなくなるともいわれます。これは人と話すことで雑念が入り、集中力が乱れるからと考えられています。

 

一日のうちに100回お参りをするお百度参りは寺社での滞在時間が長いため、顔見知りに会うことがあるかもしれませんが、なるべく話はしないようにしましょう。人と会うのを避けるためにも、朝のうちにお参りを済ませるのがベターです。

 

また、100日かけて行うお百度参りに挑戦している際、周りの人に「今お願い事があってお百度参りをしている」というように話すのも良くありません。

 

それを聞いた人が「そんなことをしたって叶わないんじゃない?」、「神様なんているわけないじゃない」などとネガティブなことを言ったり考えたりすると、余計な邪念が自分にも来てしまいます。

 

ただし、心から願いが叶うことを信じて応援してくれる人に打ち明けるのは構いません。気持ちに励みが出ますし、ポジティブな気を送ってもらうことで願いが叶いやすくなるとも言われているからです。

お百度参りを休む

100日間かけてお参りをするお百度参りでは、3ヶ月以上の長い期間、休まずお参りをする必要があります。体調や天候が悪かったり、用事ができたりした場合も休んではいけないのでしょうか。

 

先ほどご紹介した通り、お百度参りの初めには神仏に宣言を行います。それはとても強い約束事になりますので、基本的には休まないようにしましょう。程度にもよりますが、「ちょっと風邪気味だ」、「寒いから面倒くさい」といった気持ちでお百度参りを休んでしまうのでは、神仏に真摯な思いは伝わりません。

 

しかし、警報がでるほどの悪天候や、歩くこともできないほどの体調不良の際に無理をしてお百度参りをするのは危険です。そのような場合の考え方としては以下の2通りがあります。

 

  1. まだ願いが叶う時期ではなかったのだと思い、一日目からやり直す
  2. 神仏にお参りができなかった理由を述べて謝罪し、お百度参りを続ける(カウントを0に戻さない)

 

考え方は人それぞれですが、お百度参りは神仏への祈りであるとともに、自身の心と向き合うものであるという点を押さえて、自分で判断すると良いでしょう。もし迷った場合は、お参りしている寺社の宮司や住職に相談してみましょう。

 

ネガティブな願いをかける

他人の失敗や不幸など、ネガティブな願いをかけるのはお百度参りはもちろんのこと、普通のお参りでもしてはいけないことです。「人を呪わば穴二つ」という言葉通り、人の不幸を願えば自分に返ってくると考えておきましょう。

自分で成就できる願いをかける

恋愛成就や受験合格など自身の努力でどうにかなるものは願いが叶いにくい、お百度参りの願いとしてふさわしくないと考える人もいます。お百度参りの願いとしてふさわしいのは人の幸福を祈ることで、特に大切な人の病気平癒を願う人が多いようです。

 

神社には「縁結びの神」や「学業の神」も祀られているので、そうした神に恋愛成就や受験合格を祈るのはごく自然な行為です。しかし、一般的なお参りではOKでも、お百度参りではNGとする考え方もあります。心配な場合は、お百度参りをする寺社に尋ねてみると良いでしょう。

お百度参り以外の願掛け

今回ご紹介したお百度参りのように、昔の人は日照りや病気など、自分の力ではどうしようもない窮地に立たされた際、神仏に願掛けをして願いをかなえてもらおうとしていました。お百度参り以外にも、そうした願掛けの方法は存在しています。どれも手間や時間がかかったり、苦痛があったりするもので、満願成就のための真摯な思いが感じられます。

水垢離

水垢離は神仏に祈願する際、冷水を浴びることをいいます。冷たい水を浴びて体の汚れを落とし、心身を鍛える修行であると共に、願掛けの一つにもなっています。

 

滝に打たれる、冷たい水に浸かる、井戸から水をくみ上げて自分にかけるなど、さまざまな方法があります。お百度参りと同じく、回数を重ねる「千垢離」や「万垢離」も願掛けとして行われていました。

参篭

参篭(さんろう)は、神仏に祈願するために寺社に一定期間こもることで、「おこもり」ともいいます。参篭の期間は一昼夜・7日・100日・1000日・三年などがあります。基本的には参篭中はその場にとどまり続け、一心不乱に祈りを捧げます。

 

祈願の内容は治病、立身出世、仇討ちから浄土往生に至るまでさまざまです。静岡県榛原町勝間田では氏子が氏神の西山神社に詰め、一人ずつ神前に立って昼夜一睡もせず、釣鐘を打ち鳴らしつつ雨乞いを行ったという話が残っています。

断ち物

「断ち物」とは神仏に祈願する際、好きな食べ物や嗜好品を絶ってより強く願掛けをするというものです。好きな物を絶つことは一種の苦行であり、それだけ願いの強さや信仰心を表すことができるとされています。

 

昔は「肉断ち」や「酒絶ち」が行われていましたが、自分が好きなものであれば、お菓子やたばこ、ゲームなど、何でも構いません。

 

断ち物を行う期間は「願いが叶うまで絶つ」と「一生断ち続ける」の二通りがあり、後者の方が願いを叶える力が強いとも言われています。

 

歴史上の記録では、家光の乳母である春日局が、幼い家光が重病を患った際に「薬断ち」を行い願掛けを行っています。春日局は一生薬断ちを守り続け、病に倒れても頑として薬を受け付けなかったということで、その思いの真剣さに胸を打たれます。

髪を切る・伸ばす

髪には気が宿るとも言われており、古代から神聖なものとしてとらえられています。そのため、女性の髪を寺社に奉納し、祈願を行うこともありました。これは体の一部を奉納することで自分の身代わりとして願いを掛けるという意味合いがあります。

 

逆に髪を伸ばすことで願掛けをする方法もあります。願いが叶うまで髪を切らないことで、髪に気を宿し、神とのつながりを持つ、髪がこれまで伸びるほど長く願い続けているという真摯な気持ちを示すといった意味があるようです。

お百度参りについてまとめ

お百度参りの方法と注意点についてご紹介しました。お百度参りはお参りを重ねることで神仏への信仰心や願いの強さを示し、満願成就を祈るための神聖な儀式です。そして、それと同時に邪念をはらい、自分自身と真剣に向き合う心の修行でもあります。

 

100回お参りをすると考えるとハードルが高く感じますが、100回という数字にこだわる必要はありません。まずは無理のない回数で寺社に足を運び、お参りをするところから始めてみてください。