山岳信仰とは?特徴や宗教との違い、修験道などとの関わりについて

公開日 : 2021/1/22

更新日 : 2021/1/23

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山岳信仰という言葉を聞いたことはあっても、具体的にどんな意味があるのかが分からない方も多いかもしれません。そこで今回は、山岳信仰に関してその特徴や宗教とはどの様に違うのか、修験道とはどの様に異なるのかについて解説します。また、山岳信仰で有名な霊山もご紹介いたします。

公開日 : 2021/1/22

更新日 : 2021/1/23

目次

山岳信仰とは?

まずは、山岳信仰がどういったものなのかについて、解説します。山岳信仰という言葉は、どこかで聞いたこと自体はあっても実際にはどういった意味があるのか知らないという人もいるかもしれません。

 

最初に山岳信仰の意味と特徴について知っておきましょう。

山岳信仰は自然崇拝の1つ

山岳信仰は、自然崇拝の1種です。山を崇め奉る信仰を指し、基本として多くは山あるいは山の木々、大きな岩が信仰の対象となっています。山岳に深く関わってきた狩猟民族などが、山岳地帯やそれに伴う自然環境に対して畏敬の念を抱くことなどから来た、宗教形態であると考えられます。

 

山岳地に霊のようなものがあると信じられていて、自分たちの暮らしぶりを戒めることを目的として、山にある圧倒的な存在感を利用するという形を探し当てたのでした。

山岳信仰の特徴

続いては、山岳信仰の特徴についてご紹介しましょう。山岳信仰にはどういった特徴がみられるのでしょうか。山岳信仰といっても、良く分からないという方もいるでしょう。山岳信仰の特徴には、2つのポイントがありますので、その点について迫ります。

 

ぜひ、知識として今後に役立ててみてください。

内陸地山間部の文化に根付く

こうした信仰は、主として内陸地の山間部において顕著にみられるものであり、信仰が起こるとしたら、人々が恐れるような地形の険しい山の存在が必要です。その様な信仰の形態がある地域においては、山から流れてくる川あるいは山裾にある森林地帯に生活を頼っています。

 

そうして、いつでも目に入る山から、恵をいただいて生活をしているのです。

危険な行為は“山の機嫌が悪くなる”

こうした信仰を持つ人たちは、険しさのある地形や自然環境において少しの不注意であっても、命を落としかねない環境で生きているので、『山の機嫌が悪くなる』として危険な状況となるような行為を禁じています。

 

そして、自分たちが安全に生きるための知識として捉えて、その点を語り継いでいます。

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山岳信仰はなぜ始まった?

山岳信仰というのは、縄文時代には山というのが狩りをした際の獲物を人間にもたらしてくれて、家の材料もしくは燃料も与えてくれる場とされていました。そうして、縄文の人々が山に感謝をしたり畏敬の念を抱いたりした点から山岳信仰が始まっていったと考えられるでしょう。

 

また、山を神のように崇め奉りながらも恐れるというのは、農耕が広まっていった頃より後から始まっていったと考えられるのです。山を信仰することは基本として、収穫が豊かになることを祈ることのため、山の神というのは田の神でした。

 

農作業をする時期になると、山の神が里へと降りてきて田の神となる地域も多かったのです。

宗教と信仰は違うのか

続いては、宗教と信仰はどう違うのかという点に焦点を当てていきます。信じるという点では宗教も信仰も同じように感じる方も多いかもしれませんが、両者の違いについて見ていきましょう。2つの違いを知っていれば、知識も深くなると考えられます。

 

知識の1つとして、ぜひ知っておいてください。

神を信頼するのが信仰

信仰と宗教は、異なるものであることを知っておく必要があります。宗教はなくても信仰は成立しますし、信仰はないと宗教も心にぽっかりと穴が空いた心境になりかねません。信仰というのは、人の心の中に浸透した厳かさのある精神の中の問題です。

 

よって、他人が口出しをすべきものではないでしょう。また神を信頼することが信仰であり、目には見ることができない神を信じて希望や期待を持ち神と仲良くなり交わることが該当します。神自身も信頼されることを喜びます。

 

それに、信仰を持てば目に見ることができない自身の希望を、確信に変えることができるのです。

宗教は信仰に似ているけど異なるもの

宗教はというと、純粋な信仰とは異なって神がいないままに儀式あるいは教えなどが先歩きして、形式的なものと考えることもできるでしょう。宗教の根本は、神を抜きにして神の恩恵や助けを受けないで、人の力によって“神の国”を作り上げることを成し遂げようという点が、本質にあるものと考えられます。

 

要するに、宗教は信仰とは似ていても異なるものである点を知っておきましょう。そして、信仰心を持ちながら、その考えを持った人々が集まった集団あるいは組織が、宗教であるという見方もあります。

 

宗教では、時には信仰心とは反対の行動をしてしまう組織もあり、指導者の言葉こそ神もしくは仏ものであるとして、排他的になる傾向もあるものです。

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山岳仏教と神仏習合

山岳仏教とは、天台宗や真言宗といった山岳で修業をすることに重きを置いた仏教のことです。元から日本には山岳信仰があったことから、民衆も受け入れやすく時代を経て発展していき、それぞれに仏教の宗派の1つとして天台宗や真言宗が成立しました。

 

今の日本の宗教は、仏教と神道が融合したものであり神仏習合と言われています。山岳仏教が、神仏習合を勢いづかせた理由であることを知っているでしょうか。自然界のあらゆるものに神が宿るという神道の考え方から誕生した、山岳信仰や山岳仏教が相容れたことも理由でしょう。

 

その高い親和性は、山岳信仰が仏教に取り入れられた日本固有の宗教である『修験道』が生まれたことからもいえるかもしれません。

山岳信仰と仏壇にはどんな関わりがある?

仏教徒のお宅では、仏壇があるところも多いかもしれません。毎日お祈りをすることは大事ですが、この仏壇と山岳信仰がどういった関係性にあるのか分からないという方も多いでしょう。そこでここでは、山岳信仰と仏壇について修験道の話も含めお伝えいたします。

 

一見すると関わりがないようにも思えますが、一体どういった関係があるのでしょうか。

山岳信仰と修験道について

まずは、山岳信仰と修験道についてご紹介します。山というのは、古来から火山の噴火や立ち入りの難しさそして雄大さなどから、人々畏敬の念を持って崇められてきました。その山への信仰と修験道にはどういった関わりがあるのでしょうか。

 

山岳信仰と修験道の関わりを紐解いていきましょう。

山が恵を与えてくれた

山というのは、内陸に住む人たちにとっては特に古い時代から水や食料、木などの住まいの資材により数多の恵を与えてくれていました。昔から山は有難いものだったのです。そうしたことから、山は感謝されて敬われ、いつしか信仰の対象となるまでに至りました。

 

山のおかげで自分たちは生かされていると、人々が思っていたのかもしれません。

修験道は山岳信仰と仏教が合わさったもの

日本に仏教が伝わってきてからは、日本で山岳信仰の形が独自に各地において発展をしていきました。発展した代表格として挙げられるのが、『修験道』です。これは古来から日本にある山岳信仰と仏教が融合したものとされています。

 

俗世から離れることのできる“山”という環境において修行を積み、悟りを開くというのは修験道の教えであり、現在でも修験道は日本国内の霊山やそこにある神社や寺が受け継ぎ、修行が実行されています。

 

山で駆け回って修行をしているというのが、修験道の教えにより修行をしている修験者なのです。

須弥山と須弥壇とは?

山岳信仰と仏壇の関係を探るとしたら、須弥山(しゅみせん)と須弥壇(しゅみだん)についても知っておく必要があるでしょう。言葉自体を聞いたことがないという方も多いかもしれません。須弥山や須弥壇とは、一体何なのでしょうか。

 

言葉を覚えて、知識を深めてみてください。

須弥山は神の領域に特に近い山

須弥山(しゅみせん)とは、仏教における宇宙観において世界の真ん中にあって神の領域の最も近くにある聖なる山を指します。人間の住む世界は、この須弥山の麓にある島の1つであるとされているのです。

 

仏教では山は特別な意味のある領域であるとされていますが、これは須弥山があることも理由でしょう。

仏を祀るために作られたのが須弥壇

また須弥壇(しゅみだん)は、須弥山を模してお寺の本殿などにおいて仏を祀ることを目的に作られた、舞台に似た壇のことです。須弥壇は木製のものが主ですが、極楽浄土のような輝ける精緻さのある装飾が施されているのが特徴です。

 

仏壇というのも、元は須弥壇自体を表す言葉でした。ところが現在では、寺院で仏像を祀るような大型のもの須弥壇というようになり、家庭の中で仏を祀るための小型のものを仏壇というようになったのです。

山岳信仰から派生した御嶽教

御嶽教という宗教を聞いたことがある人はあまり多くないかもしれません。御嶽教とは山岳信仰から派生したものとされているのですが、一体どういった宗教なのでしょうか。その特徴についてご説明いたします。

 

御嶽教と葬儀についてもお伝えいたしますので、ご参考にしてみていただければ幸いです。

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御嶽教とは?

御嶽教は、神道十三派という神道の宗派の1種であり19世紀後半に下山応助によって創設されました。御嶽山が信仰の対象であり、国常立尊(くにのとこたちのみこと)や大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)の三柱の神々を御嶽大神と称して祀っています。

 

これらの神々は御嶽山にゆかりがあるとされています。御嶽山が根本道場となっていましたが、信者たちが明治15年に集団で結合したことで、明治政府の公認となり立教独立が認められたのでした。元は仏教の修験道から始まった宗教でした。

 

しかし、仏教の色合いはあまりなく祭祀等は多くが神道に準じたものとなっています。

教祖の教え

御嶽教は、教祖は存在しません。それは、元が山岳信仰から派生したことも理由でしょう。教義というのは、人の霊魂というのは聖なる山の御嶽山から生を受けたことから誕生するものであるというものがあります。

 

それに、死後には再度御嶽山の神の元へと帰るのだという伝統のある古くからの御嶽信仰が基となっているのです。さらには、御嶽大神を祀り真心で奉仕するという趣旨となっています。

御嶽教の葬儀とは?

御嶽教だけでなく神道においては、葬儀というのは死者の魂を鎮めて家の守り神となってもらうことを目的として行われます。よって御嶽教の信者が亡くなると、亡くなったことを大神へと報告するために『帰幽奉告』という儀式が執り行われます。

 

そして、通夜祭や遷霊祭を行ってから翌日になり本葬である葬場祭が行われるのです。それから火葬がされるという点は、一般的な葬儀と同様でしょう。

山岳信仰で有名な山はどこ?

日本国内には多くの山がありますが、その中でも山岳信仰で知名度の高い山もあります。それは、その土地に古くからの住民たちの信仰心が特に強かったこともあるのかもしれません。そこで、山岳信仰で有名な山々についてご紹介いたします。

 

もしお近くでしたら、訪れてみるのも一案です。

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富士山

標高3776メートルと日本で最も高く世界的にも有名なのが富士山です。世界遺産にも登録される美しさだけに限らず、噴火により人々の暮らしをも脅かすこともありますが、敬われて畏れられてもきた霊峰でもあります。

 

平安時代の後期からは噴火活動も収まってきていて、修験者が修行をする場となっています。12世紀後半に、本地垂迹(ほんじすいじゃく:神仏習合思想の一種)の後に村山修験の祖である末代上人が富士山の頂上に大日寺を築いて富士登山信仰の礎を築いたのでした。

 

大日寺はその後に廃れてしまったものの、室町時代には“教団”となった修験者が富士山を登るようになり、祠が複数建立されています。麓には現在は浅間神社の総本宮となっている浅間大社があるので、山岳信仰に触れることもできるでしょう。

出羽三山

山岳信仰で有名な山を紹介するにあたり、出羽三山は外すことができないでしょう。出羽三山とは一体どこにあるどういった山なのでしょうか。修験道との関わりや仏壇についても解説いたします。

 

山岳信仰で有名であり、修験道の聖地とも言われる出羽三山についてご紹介しましょう。

出羽三山は修験道の聖地

出羽三山とは、東北の山形県の大体真ん中にある月山や羽黒山、湯殿山の総称です。古い時代より修験道の聖地として信仰されてきており、明治政府が行った神仏分離以前までは、神仏習合の山として修験者が多く修行をしてきたのでした。

 

現在は神社の管轄となっていますが、神道のような山岳信仰と仏教が混じり合った修験道の精神は、今に受け継がれているでしょう。

山形仏壇が作られるようになる

出羽三山のある山形県では、漆工業が古くから盛んになっていて質の良い木材が生産されていました。それに紅花の取引で京の都とも文化的な交流があったこともあり、レベルの高い職人技術が磨かれていったのです。

 

その後の江戸時代の中期には、江戸で木彫りの技術を習得してきた星野吉兵衛という職人が、その技術を山形に持ち込んで欄間や仏具を制作したことにより、山形で仏壇制作がされるようになりました。出羽三山を特に信仰している山形で、仏壇造りが発展していったのです。

日光山

栃木県の男体山や女峰山、太郎山の総称が日光山です。日光市に所在する輪王寺の山号でもある点が特徴となっています。勝道上人が766年に開山してから以後は、神仏習合となっていた頃に修験者が山岳信仰の聖地としていたのもポイントでしょう。

 

男体山は父神であり、母神が女峰山、子神は太郎山を表現していて、3つの山で家族の形式を成している点は、神仏習合を素直に受け入れていることの要素となっていると考えられます。男体山と太郎山は2368メートルと同じ高さであり、女峰山は2483メートルで少し高くなっています。

 

そして、それぞれの山には神社があることも特徴でしょう。さらに輪王寺の三仏堂に、男体山など3つの山の姿が仏様として祀られているので、神仏習合が残っていることを感じさせてくれます。

山岳信仰は山を畏敬する心

山岳信仰とは、自然崇拝であり古来より内陸部に住む人々の山を畏敬する念から来ているものです。神を信頼するのが信仰となります。山で修行をする修験道も、この山岳信仰から来ているでしょう。

 

山岳信仰は、日本が世界に誇る富士山や山形の出羽三山、栃木の日光山などが代表的な霊山として挙げられます。