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アヴィーチーさんの葬儀|ひっそり埋葬された若き音楽の天才

スウェーデンが生んだ天才ミュージシャンと呼ばれていたアヴィーチーさん。2018年4月20日に28歳という若さで他界されました。アヴィーチーさんの音楽業界での活躍はもちろん、来日におけるドタキャン問題や死の真相などについてご紹介します。

公開日 : 2020/07/23

更新日 : 2020/09/10

目次

アヴィーチーさんのプロフィール

アヴィーチーさんは、スウェーデンが生んだ若き音楽の天才と呼ばれていたミュージシャンでした。世界中で大変人気があったアヴィーチーさんですが、その業績をご存知ない人もいるでしょう。 そこで、まずはアヴィーチーさんの生い立ちや音楽業界での活躍についてご紹介します。

スウェーデン出身のミュージシャン

アヴィーチーさんはスウェーデンのストックホルムで生まれました。高級住宅街として知られているエステルマルム地区で生まれ、育っています。

 

母親はアンキ・リデンさんで、有名なスウェーデンの女優です。さまざまなスウェーデンの映画作品に出演し、スウェーデンで最高の映画賞であるグルドバッゲ賞で助演女優賞を受賞しています。

 

アヴィーチーさんは幼い頃から音楽家を目指し、ピアノやギターなどを習ってその腕と感性を磨いてきました。ですがある日、音楽制作ソフトに出会い、自分の音楽を作ることに夢中になります。

 

高校卒業後、本格的な音楽活動をスタートさせ、自分のブログで製作した音楽を発表し続けました。彼のブログで音楽を聴いた多くの人たちから高い評価を得て、2008年にオーストラリアの音楽会社と契約を結びました。

DJとして音楽もプロデュース

アヴィーチーさんは2010年にスウェーデンのDJと共に楽曲をコラボレーションします。この年、別名義でも楽曲を発表し、10数か国のチャートで20位以内を獲得するという記録を作りました。またこの年、オーストラリアなどでゴールドディスクも獲得しています。

 

その2年後の2012年には、前年の2011年に発表した楽曲が第54回グラミー賞のダンス・レコーディングにノミネートされます。その翌年の第55回でもダンス・レコーディングに楽曲がノミネートされ、注目を集めました。

オリジナルトラックの盗作問題

2011年、アヴィーチーさんが発表したオリジナル・サウンドトラックを、イギリスのシンガーソングライターとして活躍してるレオナ・ルイスが無許可でサンプリングします。それを楽曲のタイトルを変更してリリースしようとしました。

 

アヴィーチーさんは盗作されたとして訴訟を起こそうとします。しかし、リリースする際、アーティスト名にアヴィーチーさんの名前も明記することを条件に和解が成立。訴訟問題に発展することはありませんでした。

 

盗作問題で騒がせたこの楽曲は、アーティスト名にアヴィーチーさんの名前が明記された状態でリリースされます。イギリスでは大変人気になり、全英のシングルチャートでは4位を記録しました。

プラチナディスク認定

2013年6月17日には、アヴィーチーさんのデビューアルバムがリリースされます。その先行としてリリースされたシングルは、全英で大人気となり、1位を獲得します。

 

イギリスで大注目を浴びていたアヴィーチーさんのシングルやアルバムは発売当日から大反響を呼びます。初日だけで88,000枚を売り上げるという大記録を作り、2013年の最速売り上げとして記録されました。

 

また、アヴィーチーさんの人気はイギリスだけに留まりません。アヴィーチーさんの素晴らしい楽曲に魅了された人たちはアメリカやカナダ、ニュージーランドやデンマーク、イタリアやオーストラリアなど、世界中に広がっていきます。

 

アヴィーチーさんの音楽の才能は世界中に認められ、デビューアルバムはスウェーデンを始めとする多くの国々でプラチナディスク認定されました。

アヴィーチーさんの来日ドタキャン問題

アヴィーチーさんは日本でも大変人気があり、単独来日公演を計画していたことも何度もありました。ですが、実際に来日公演が行なわれたのはたった1回だけでした。 アヴィーチーさんの来日公演のドタキャン問題に焦点を当てて、解説します。

2013年のスプリングルーヴ

スプリングルーヴは日本で開催されている音楽フェスティバルの一つです。R&Bやヒップホップなどのジャンルを得意とするアーティストが集結し、東京や大阪や名古屋などで開催されていました。

 

2013年に開催されたスプリングルーヴには、アヴィーチーさんも出演する予定でした。多くのファンが来日を楽しみにしていたのですが、実現しませんでした。

 

理由は体調不良です。この頃、アヴィーチーさんは仕事の忙しさなどから、かなり体調を崩していたようです。半年の間に何度も入退院を繰り返していたとのことでした。スプリングルーヴの出演も、ドクターストップがかかり、断念せざるを得なかったのです。

2014年の単独来日公演

2013年のスプリングルーヴに出演できなかったアヴィーチーさんは、翌年の2014年に単独来日公演を決定します。場所は東京と名古屋でそれぞれ1公演ずつ、2公演行なう予定でした。

 

しかし、体調不良が原因で講演の開催はキャンセルされてしまいます。2013年から続いていた体調不良から完全に回復していたわけではなかったため、キャンセルをしなければいけなくなったのです。

 

この年は日本だけではなく、アジア諸国やその他の国で予定されていたすべてのツアーがキャンセルされています。手術も行なっていたそうですから、かなりの体調不良だったようです。

2015年の単独来日公演

2015年には再び単独来日公演の決定が発表されます。場所は東京と大阪でした。多くのファンたちは「今度こそ」という気持ちで来日を楽しみにしていました。

 

ですが、公式発表が出る前に「アヴィーチーが来ない」という噂がネット上を騒がせます。主催者側は詳しい詳細を確認するとしましたが、その後、正式にキャンセルが発表されました。

 

この時のキャンセル理由はプレッシャーや自分自身の成長のためとしています。キャンセル理由について疑問視する声も上がっていましたが、体調不良という理由ではないことに安心したファンは、気長に待つことにして納得したのでした。

2016年無事来日公演開催

2016年に再度、単独来日公演開催が発表されます。多くのファンたちは、またキャンセルされるのではないかと不安になりました。ですが、体調を崩すことなく、アヴィーチーさんは無事来日し、公演が開催されました。

 

開催された場所は千葉と大阪の2か所のみ。多くのアヴィーチーさんのファンが駆けつけ、ライブは大盛り上がりでした。アヴィーチーさんが来日公演を行なったのは後にも先にもこれ一度だけでした。

アヴィーチーさんの死因

アヴィーチーさんは28歳という若さで他界してしまいます。その死因については当初、さまざまな憶測が飛び交っていました。 アヴィーチーさんの死の真相とは何だったのでしょうか?アヴィーチーさんが亡くなった時の状況や死因などについてご紹介します。

旅行先で亡くなった

アヴィーチーさんの死は自殺です。これは公式に発表されている周知の事実です。ただ、その場所は自宅ではありません。旅行先のオマーンでした。

 

当日、アヴィーチーさんは友人に会うため、オマーンを訪れていました。首都のマスカットで会うことになっていたらしく、アヴィーチーさんはプライベートでオマーンを訪れていました。

 

オマーンでアヴィーチーさんの死が確認された当初、オマーンでは徹底的な調査が行なわれました。オマーンで事件に巻き込まれたという噂が流れたからです。

 

現地の警察は懸命にアヴィーチーさんの死に事件性があるかどうかの調査を行ないました。徹底した調査が行なわれた結果、事件性はないと公表しました。

 

この時、アヴィーチーさんの家族はアヴィーチーさんの突然の死に大きなショックを受けました。心身共に憔悴しきっていたため、具体的な死因については公表しませんでした。

遺族が死の真相を公表

アヴィーチーさんの追悼番組が海外で放送される頃、遺族がアヴィーチーさんの死の真相を公表します。その内容は精神的な疾患を抱えていたことによる自殺、というものでした。

 

アヴィーチーさんは普段から不眠や鬱に悩まされていました。アルコールに頼らなければ平常な状態が保てないほど、精神面はボロボロに擦り切れていたそうです。

 

アヴィーチーさんはブレイク後、毎日多忙な日々を送っていました。世界中から注目されるようになったため、仕事のオファーも世界中から舞い込むようになります。このような多忙で過密なスケジュールが、不安や鬱の原因だったのではないかと言われています。

アヴィーチーさんの葬儀は非公開

アヴィーチーさんの葬儀は完全非公開のもとで執り行なわれました。そのため、詳細な葬儀の内容な公開されていません。 ただ、遺族がマスコミに公表した葬儀に関するコメントはいくつか残っています。それらについてご紹介します。

近しい関係者だけが参列

アヴィーチーさんの葬儀は、近しい関係者だけが参列するというスタイルでした。どれくらいの関係者が駆け付けたのかは、公表されていません。ただ、友人や家族が中心だったそうですから、多い人数ではなかったことが予想されます。

 

世界中にファンがいたアヴィーチーさんですが、近しい関係者だけで執り行なわれた葬儀の後、お別れ会なども開催されませんでした。本当に親しい人だけでひっそりと葬儀を執り行ない、アヴィーチーさんを見送ったのでした。

メディアへの情報公開なし

世界的に有名でファンも大変多いアヴィーチーさんですが、葬儀に関するメディアへの情報公開は一切行なわれていません。葬儀はアヴィーチーさんの故郷であるスウェーデンのストックホルムで執り行なわれましたが、マスコミの取材には一切応じませんでした。

 

葬儀が執り行なわれた後、近しい関係者だけで葬儀を執り行なったことだけをマスコミに公表し、それ以上の取材には応じないとしました。遺体も密葬という形で安置されたそうです。

人気絶頂の中で苦悩していたアヴィーチーさん

人気の絶頂だったアヴィーチーさんでしたが、心の底では音楽の楽しさと素晴らしさを同時に伝えることに苦悩を抱えていたようです。それは天才ゆえの悩みとも言えるかもしれません。