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木下紗祐里さんの葬儀|世界で愛された海のマーメイドの最後とは

海の中をひと呼吸で潜水するフリーダイビングで世界記録を樹立した木下紗祐里さん。2019年7月10日未明に自宅アパートから転落する事故に遭い、5日後の15日に逝去されました(享年30歳)。木下紗祐里さんの最後の様子や葬儀、後日行われたお別れ会を詳しく解説します。

木下紗祐里さんのプロフィール

木下紗祐里さんは、長崎県大村市出身のフリーダイビング選手です。フリーダイビングで世界大会に出場した木下紗祐里さんは世界記録を樹立した、世界的に有名な選手です。海の中で自由自在に泳ぐ姿はまるで人魚と言われ、酸欠で失神する「ブラックアウト」の恐怖と闘い続けさらに深く潜水していきました。

 

木下紗祐里さんは、2019年7月15日に30歳という若さで不慮の事故で逝去されました。遺族により、Facebookで世界中に訃報が発信されて多くの追悼メッセージが寄せられます。また後日には、葬儀やお別れ会が執り行われました。その詳細をお伝えする前にプロフィールを紹介します。

幼少期から水泳に親しむ

自宅が水泳教室を営んでいた木下紗祐里さんは、幼少期から水泳に親しんできたそうです。長崎県立諫早市(いさはやし)商業高等学校を卒業して日本女子体育大学へと進み、その間も競泳選手として学生時代を過ごしています。大学卒業後はスポーツクラブのインストラクターとして就職しています。

24歳でフリーダイビングと出会う

水泳選手としてスポーツクラブのインストラクターの仕事をしていた木下紗祐里さんは、2013年に当時フリーダイバーだった広瀬花子選手の元へ初心者講習を受けます。同年に参加した記録会では、STA(スタティック・息を止める競技)当時の日本記録に迫る6分28秒を叩き出します。そして、同年には世界選手権の日本代表に選ばれました。

 

2013年6月21日から30日にセルビア共和国のベオグラードで開催された、AIDA Pool World Championship 2013では、決勝戦まで進み7位の成績をおさめました。この時の経験からフリーダイビングで生きていこうと決意したと木下紗祐里さんは後に語っています。

2014年に拠点を沖縄へ!大会で活躍していく

木下紗祐里さんは、2014年に沖縄に拠点を置いて練習に励みます。また、2014年12月に開催された海洋競技のバハマ国際大会ではCNF(コンスタントノーフィン)−56m、FIM(フリーイマージョン)では−68mという結果を出し、日本の持つ記録を更新して女子総合優勝を果たすこととなりました。

 

競技種目のCNF(コンスタントノーフィン)は中でも過酷な競技と言われて、フィンを付けずに、ガイドロープをつたって、平泳ぎで垂直に深海へ何メートルと深く潜れるかを競います。水面へ顔を出した後も意識の明確さを示すハンドサインとして「I'mOK」と言い、ジャッジ(審判)されます。

27歳にアジア人初となる世界新記録を樹立

木下紗祐里さんはフリーダイビング競技歴3年という短い経歴ながらも、2016年に27歳でアジア人初となる世界新記録を樹立します。4月26日に開催されたバハマ国際大会において、CNF(コンスタント・ウェイト・ノーフィン)−72mという記録を達成させます。

 

CNFとは、フィンと呼ばれる足ひれがない状態で、水中に垂直にロープが張られていて、ロープに沿って深く潜水していきます。並外れた肺の機能と身体能力を持っていた木下紗祐里さんは、6分と息を止めていられることができるのでした。

 

当時の世界記録を1mと更新した72mと記録を樹立させた木下紗祐里さん、まだ競技歴3年という驚異的な記録でした。同じ世界と戦ってきた廣瀬花子選手と喜びを噛み締めた姿は、日本でもニュースとなりフリーダイビングの世界を知るきっかけとなった方が多くいたことでしょう。

テレビ番組「情熱大陸」で放送された

2017年10月8日放送の情熱大陸にて、木下紗祐里さんのフリーダイバーの密着番組が放送されました。フリーダイビングでの世界新記録樹立までのストーリーとともに、海の中を自由に泳ぐ姿はとても美しく、木下紗祐里さんを通じてフリーダイビングの魅力や過酷な競技についても沢山紹介されて、奥深く紹介されました。

フリーダイビングとは

発祥のヨーロッパでは競技人口が多いのに対して、日本では馴染みが薄く、フリーダイビング競技を知らない方が多く、まだまだマイナーなスポーツと言えるでしょう。フリーダイビングとは、水中で空気を送る酸素ボンベを付けずに、潜れる深さの距離を競う競技です。

 

フリーダイバーの基本理念として、より長い無呼吸状態とより深い深度を伴うとしていて、酸欠で失神するという恐怖と向き合う精神的な達成感を強調するとしています。

明るく楽しく!生前の本人が希望したお別れパーティ

明るく笑顔を絶やさなかった木下紗祐里さんは、泳ぐ事が大好きでした。フリーダイビンの競技歴は浅かったのですが、インストラクターとしての経験も豊富にあった中で、沢山の人に泳ぐことの楽しさを広めていた木下紗祐里さん、お別れパーティを生まれ育ったプール会場でプール教室や写真展示など様々な催しを行いました。

死因は不慮の事故

木下紗祐里さんは、1919年7月11日午前6時頃に、同じアパートの住人から「駐車場に女性が倒れている!」と通報がありました。この時は意識がありませんでしたが、搬送先の病院で5日間頑張った末に息を引き取りました。

 

木下紗祐里さんは、フリーダイビングに打ち込むため拠点を沖縄県に移して日々、練習に励んでいました。アパートの4階にひとりで住んでおり、沖縄県警は事件性がないか事故との両面で捜査を行った結果、「何らかの原因で転落死した」と報告しています。

仮通夜から本通夜と告別式など告知された

木下紗祐里さんの訃報はFacebookを通じて世界中へ発信されました。生前の木下紗祐里さんを知る方がお別れを追悼する機会があるように、遺族が工夫を凝らした通夜が執り行われました。

 

7月15日と16日の2日間に渡り仮通夜を沖縄県「JA虹ホールうるま」にて執り行われ、7月17日に本通夜、18日に告別式を長崎県「天晴会館新館」にて執り行われました。遺族はFacebookを通じて英語と日本語の2ヶ国語で発信されて、世界中からの追悼メッセージが届けられました。

フリーダイバー木下紗佑里(本名:紗由里)を愛し、応援してくださる全ての方へ、悲しいですがご報告いたします。私はさゆりの姉のさなえです。
先日、沖縄県内のアパートから不慮の事故で転落し、病院で治療しておりました。
普通では即死の事故と言われるものでしたが、皆さんもご存知の通り、人並み外れた健康で丈夫な体をもっていたので、5日間も命を繋ぎとめ、たくさんの方々に駆けつけて頂きました。
海が大好きだったさゆりは7月15日『海の日』を選んで旅立ちました。とてもさゆりらしいと思っています。これを見てくれている方でさゆりとお別れしたい方にお通夜と告別式のご案内をします。
また、生前のさゆりの強い希望もあったので、お通夜や告別式とは別に、日を改めて明るく楽しく『お別れ会』を開きたいと思っています。
日程は決まり次第、早めにご連絡しますね!こんな事がしたい、こんな写真がある!とかあれば少し落ち着いてから、沢山情報頂けると嬉しいです。

出典:https://www.facebook.com

相棒だった廣瀬花子選手からの弔辞

木下紗祐里さんは、24歳の時に当時フリーダイビング選手だった廣瀬花子さんの初心者講習に参加してフリーダイビングに出会いました。以来2人は日本女子代表のフリーダイビング選手として世界と戦ってきました。

 

世界の大会に一緒に出場してきた、バディ(相棒)だった廣瀬花子さんから「紗祐里が笑顔でI'mOK!と言って帰って来れば、紗祐里が出来たのだから私だって絶対できる。自然とそう思うことができて、そのあとの自分のダイブも安心して潜ることがいつもできました」と弔辞を読み上げられました。

親しかった人たちと一緒にI'mOK!

沢山の大会に出場してきた木下紗祐里さんは、大きな記録に挑戦する時は必ず笑顔で「I'mOK」とハンドサインを作っていたそうです。そんな木下紗祐里さんを慕う人たちが告別式に集まり同じように「I'mOK」と記念写真を撮られたとのことでした。

 

葬儀では、参加できなかった人たちからも沢山の御花と電報が送られました。沢山の親しかった人たちに包まれて、木下紗祐里さんは送られることになりました。

長野県プール会場のお別れパーティ

2019年11月2日から3日に木下紗祐里さんのお別れパーティが生まれ育った長野県のプールで開催されました。会場ではない、木下紗祐里さんが幼少期から泳いでいたプールという志向で、遺族から「気軽に誰でも自由に来て、好きな時間を過ごして欲しい、今まで応援してもらった沢山の人たちと思い出を語り合い、お別れをする機会にしたいです」と言うことでした。

 

お別れパーティでは、スキンダイブ教室や写真展示、シェアランチ会、フリーダイビングデモなど、参加した人たちが笑顔でお別れを告げられる場となったのです。

笑顔の木下紗祐里さんらしく見送られた

海の中を自由に泳ぐ人魚と言われ、世界で活躍されたフリーダイビング選手の木下紗祐里さんのことをお伝えいたしました。不慮の事故に遭い亡くなってしまった木下紗祐里さんの葬儀は、沢山の方がお別れできる工夫された形式になりました。大好きだったプール会場でのお別れパーティが催されて、木下紗祐里さんの思い出を話して追悼すると言う、とても素敵な形の見送られ方ではないでしょうか。

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